
大阪(生まれは西成区)
1963/09/20
そんなもんわかったら苦労せん! でも、けっこう夢追い人かな
元々「誰もが平等に学べる世の中にしたい」「頑張った人が頑張った分だけ世の中の階段を上っていけるようにしたい」と思い、ネットスクールを設立した。 日商簿記検定試験を超える簿記検定試験を作る うちの受講生しか株を買えないようにしての株式上場←理論的に無理だが
大学時代に、日商1級、税理士簿財一括に合格し、4回生からTACで日商1級の講師を始め、2年半の平均で40%の合格率を出し高評を得るも、あるとき「(母子家庭で育った自分は)専門学校に通うお金も、(学費のためのアルバイトで)時間もない中で、必死で1級をとったのに、お金も時間もあり、さらに近くに住んでいる人に1級を教えて、いいお金をもらいチヤホヤされている。これはおかしい。自分の人生の使い方が間違っている」と思い、教壇を降り、どこにいても平等に学べる「本」の執筆を始めた。それから40年超。
楠木正儀(まさぎ)正成の末子。自らの領民を守るために、名誉を捨て、南朝にも北朝にも付いた。
神の名は偶然、人の為すべくは 神を己のものとする努力
「簿記は、そのまま進んでいけば、税理士、会計士という職業会計人になって一生を過ごせ、途中(2級)で止めてもビジネススキルとして十分に活かすことが出来る。こんな知識は他にない。これを学ぼうと思った方は慧眼です。頑張って形にしていきましょう。我々がお手伝いします。」
「誰でもが平等に学べるようにしたい」そのためには平等な媒体を使うしかなく、それは本とネットだと思い、ネットスクールを立ち上げた。それから25年超。 儲けることが得意じゃない社長なので、大きな会社にはできないのですが、いい会社にはなってきているように思います。
大学時代に、日商1級、税理士簿財一括に合格し、4回生からTACで日商1級の講師を始め、2年半の平均で40%の合格率を出し高評を得るも、あるとき「(母子家庭で育った自分は)専門学校に通うお金も、(学費のためのアルバイトで)時間もない中で、必死で1級をとったのに、お金も時間もあり、さらに近くに住んでいる人に1級を教えて、いいお金をもらいチヤホヤされている。これはおかしい。自分の人生の使い方が間違っている」と思い、教壇を降り、どこにいても平等に学べる「本」の執筆を始めた。それから40年超。
元々「誰もが平等に学べる世の中にしたい」「頑張った人が頑張った分だけ世の中の階段を上っていけるようにしたい」と思い、ネットスクールを設立した。 日商簿記検定試験を超える簿記検定試験を作る うちの受講生しか株を買えないようにしての株式上場←理論的に無理だが
【日商簿記】 3級の存在が疑問。履歴書にも書けないし、紙の帳簿に記入している人は、まずいないし、試験時間も60分とタイト。だったら、むしろ最初から2級に向かった方がいい。そして、2級は学習時間に比べて得点効率がいい工業簿記から始めて、商業簿記の決算問題、最後に商業簿記の連結会計を学ぶのが良い。そうして、ネット試験を、3日に1回のペースで受けていけば、何回かで合格できる。 【建設業計理士】 試験の建付けが素晴らしい。雇っている会社にも、取得した個人にもメリットがある形が出来上がっている。モチベーションをしっかり上げて学べば、まず合格できる。
財務諸表論を受験する前「何が出るのだろう」と戦々恐々としていたとき、一緒に勉強していた、通称とっつぁんが「俺の勉強したとこからしか出えへんし」と言い出した。「なんという傲慢なことを」と思って聞くと「どうせ勉強したとこしか出来へんねやから、(そう考えて)できるとこ1つ1つ増やしていった方がええやろ」と言った。この考え方、絶対に正解!
昔、パキスタンだの、ポルポト派が手放したばかりのアンコールワットだのと、危ない国を選んで旅していた。「宿を特定されないようにする」とか「人目のある所でしか喧嘩しない」など細心の注意は払うものの、もしものことも有り得る。 そうなると、自分の部屋を親族が片付けに来る。そのときの慰めに「青空に コイン投げ上げ旅に出る 生きるも死ぬも 恨むことなし」と便箋に書いて出ていた。